日本刀は古くからわが国が誇る鉄の文化財です。
四方山話26 小道具に挑戦
「秋は夕暮れ、夕日のさして、山のはいとちかうなりたるに
からすのねどこへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどと 飛びいそぐさへあはれなり。
まいて雁などのつらねたるが、いとちひさく見ゆるは、いとをかし」清少納言、枕草子。
日本人は秋の情趣を好む。
夕日のかかる遠空に雁がつらねて舞い来る状景は清少納言にかぎらず、絵画に歌に日本人の心深く、はるかな時代よりきざまれている。
橋本一至の小柄です。
水辺に四羽の雁、左側、空遠く三羽の雁が小さく見えている。
「雁などのつらねたる、いとちひさく見ゆるはいとをかし」
そのままである。
ところが水辺の葦は、生々として、丈も葉も力強くのび、とても秋とは見えない。
四羽の雁の中で一回り大きな一羽は長く細い首を「いと小さく見ゆる雁」に向いて、精いっぱいのばし、くちばしを開き、叫んでいる。
他の三羽は前後にうずくまり、何やら不安気に見える。
「枕草子」とは大いに違っている。「いとおかし」くない。
この一至の小柄は季節が春である。
昨秋、飛来した雁が北の空に飛び立つ状況なのだ。
うずくまる三羽は子供達であろう。旅立ちを本能的にはさとっていても、不安気な気持にあふれている。
空を見上げ叫んでいるのは母鳥に違いない。
永い空の旅を前に子供達をはげましているのか、不安を打ち消すために自己を鼓舞しているのだろう。
くちばしは小さいが、鳴き声が聞えるようで、胸に迫る。
刀ばかり集中し、小道具に目を向けることのなかった私も年を重ね、一休みしようかと思っていた時、この小柄に出合った。
考える間もなく、入手したが、橋本一至の事はよく知らなかった。
一見しただけで、心引かれ、刀歴の中で身についた衝動買いのくせで飛びついたが、後悔はしなかった。
時々眺めては、母鳥の叫び声を感じて、厳しさや、深い情愛、諸々の複雑な感覚に突き動かされている。
小柄一本で橋本一至が身近に感じられてならない。
彼は天才だろうし、その技術は最高位にあるのだろう。
しかし私はより以上に彼の人間性に感動している。
情愛深い、豊かな感性の持主に違いない。
この図は、愛好家に必ずしも好まれる所ではないと思われる。
おかげで安価で入手できた。御礼申し上げる。
御先達には笑止なことと思うが、寄る年波を感じ始めた私に免じてお赦し願いたい。
何より、この一文は「四方山話」なのですから。
刀を離れて小道具とは、書いてる私もびっくりです。